アイ・アム・レジェンド ― 2008年01月12日 14時40分00秒
SF小説を題材にした3度目の映画化である。と言っても、映画を観た時点では原作の小説も過去2作の映画も知らなかった。ワーナーの作品案内でざっと見ただけであった。それを見て、なにやら「バイオハザード」の匂いがするぞ、と言うのが最初の感想だった。
ざっと、粗筋を追ってみよう。
2012年、廃墟と化したニューヨークで陸軍中佐で科学者のロバート・ネヴィルは愛犬と共に暮らしていた。癌の特効薬として開発された遺伝子組み換えウィルスにより、人類のほぼ全てが死滅して3年。昼間は商店や民家で食料を漁り、銃を持ってハンティングに出掛ける。そして、どこかに生存者が居ると信じて無線で呼びかける日々...
だが、夕暮れが近づくとそそくさと隠れ家に帰り、厳重に戸締りをして家に閉じこもるネヴィル。太陽が沈むと共に不気味に活動を始める者達がいた。彼ら「ダーク・シーカーズ」は紫外線に極端に弱く、異常な肉食への渇望に生きている。或る日、罠により愛犬を失い、自らも怪我を負ったネヴィルは、無謀にも夜、車でダーク・シーカーズ狩りに出掛るが、逆襲にあい横転してしまう。意識朦朧となったネヴィルは謎の女性に助けられた...
こんな感じだが、ちょっと、書き過ぎたかな。^^;
最初にも書いたがSF小説の映画化である。原作はアメリカのSF作家リチャード・マシスンの「I am Legend」('54)である。日本では「吸血鬼」としてハヤカワSFシリーズとして発刊された。その後、'71に「地球最後の男オメガマン」として映画化された。日本では文庫化に伴い「地球最後の男」と改題され、ハヤカワ・ノヴェルズから再刊された。本作とは関係ないが、原作者の娘は「E.T.」の脚本家でハリソン・フォードの前妻のメリッサ・マシスンである。
原作は読んでいないし、前2作も観ていないが、原作では人間を死に追いやった後、吸血鬼として蘇らせるウィルスで人類が滅亡し、一人生き残ったネヴィルが夜毎に家の周りで騒ぎ立てる吸血鬼に、孤独感に苦しみながら立ち向かっていく。昼間は吸血鬼を探して杭を打ち込んで退治しているネヴィルだったが、実は、吸血鬼達にとって自分が、吸血鬼を殺して歩く恐ろしい伝説の怪物であることに気付く...
とまあ、価値観のどんでん返し、とでも言う内容になっている。
今回の主役、ウィル・スミスは主人公の心の葛藤を丁寧に演じている。CGを駆使したネヴィルとダーク・シーカーズの戦いのシーンは迫力満点だが、観終わった後に残るのは、ネヴィルに対する深い同情と静かな感動である。
私は所謂、スプラッター映画は嫌いなので殆ど観た事が無いが、私の観た数少ないそれらの映画とは明らかに登場人物の描き方に差がある。確かにダーク・シーカーズは恐ろしい敵役として描かれているし、凶暴ではあるのだが、例えばバイオ・ハザードのアンデッドの様に、意思の無い本能だけで行動している存在として描かれて居る訳ではない。彼らにも感情があるのだろうと思わせる場面もある。2時間弱の時間では微妙な所まで描ききれない面もあるのだろうが、エンディングに至るまでの過程をもう少し別の描き方をしても良かったのではないか、と言う気がする。
とは言え、この映画が最近見た映画の中では、秀逸な出来である事は間違いない。
時間を見つけて、原作を読んでみたくなった。
ざっと、粗筋を追ってみよう。
2012年、廃墟と化したニューヨークで陸軍中佐で科学者のロバート・ネヴィルは愛犬と共に暮らしていた。癌の特効薬として開発された遺伝子組み換えウィルスにより、人類のほぼ全てが死滅して3年。昼間は商店や民家で食料を漁り、銃を持ってハンティングに出掛ける。そして、どこかに生存者が居ると信じて無線で呼びかける日々...
だが、夕暮れが近づくとそそくさと隠れ家に帰り、厳重に戸締りをして家に閉じこもるネヴィル。太陽が沈むと共に不気味に活動を始める者達がいた。彼ら「ダーク・シーカーズ」は紫外線に極端に弱く、異常な肉食への渇望に生きている。或る日、罠により愛犬を失い、自らも怪我を負ったネヴィルは、無謀にも夜、車でダーク・シーカーズ狩りに出掛るが、逆襲にあい横転してしまう。意識朦朧となったネヴィルは謎の女性に助けられた...
こんな感じだが、ちょっと、書き過ぎたかな。^^;
最初にも書いたがSF小説の映画化である。原作はアメリカのSF作家リチャード・マシスンの「I am Legend」('54)である。日本では「吸血鬼」としてハヤカワSFシリーズとして発刊された。その後、'71に「地球最後の男オメガマン」として映画化された。日本では文庫化に伴い「地球最後の男」と改題され、ハヤカワ・ノヴェルズから再刊された。本作とは関係ないが、原作者の娘は「E.T.」の脚本家でハリソン・フォードの前妻のメリッサ・マシスンである。
原作は読んでいないし、前2作も観ていないが、原作では人間を死に追いやった後、吸血鬼として蘇らせるウィルスで人類が滅亡し、一人生き残ったネヴィルが夜毎に家の周りで騒ぎ立てる吸血鬼に、孤独感に苦しみながら立ち向かっていく。昼間は吸血鬼を探して杭を打ち込んで退治しているネヴィルだったが、実は、吸血鬼達にとって自分が、吸血鬼を殺して歩く恐ろしい伝説の怪物であることに気付く...
とまあ、価値観のどんでん返し、とでも言う内容になっている。
今回の主役、ウィル・スミスは主人公の心の葛藤を丁寧に演じている。CGを駆使したネヴィルとダーク・シーカーズの戦いのシーンは迫力満点だが、観終わった後に残るのは、ネヴィルに対する深い同情と静かな感動である。
私は所謂、スプラッター映画は嫌いなので殆ど観た事が無いが、私の観た数少ないそれらの映画とは明らかに登場人物の描き方に差がある。確かにダーク・シーカーズは恐ろしい敵役として描かれているし、凶暴ではあるのだが、例えばバイオ・ハザードのアンデッドの様に、意思の無い本能だけで行動している存在として描かれて居る訳ではない。彼らにも感情があるのだろうと思わせる場面もある。2時間弱の時間では微妙な所まで描ききれない面もあるのだろうが、エンディングに至るまでの過程をもう少し別の描き方をしても良かったのではないか、と言う気がする。
とは言え、この映画が最近見た映画の中では、秀逸な出来である事は間違いない。
時間を見つけて、原作を読んでみたくなった。
大山レッスン26回目 ― 2008年01月19日 16時00分00秒
12月のレッスンを体調不良でキャンセルした為、2ヶ月振りのレッスンである。10月も理由は別だがキャンセルしたのでこの所レッスン間隔が空いてしまっている。
ロングトーン、スケールと進み、エチュードの5番を吹く。今回から、曲が変わったので、朝から指使い(換え指とかね)をさらったり、アーティキュレーションを確認して来たのだが、付け焼刃では如何ともし難く、1フレーズ吹いた所で、止められた。
注意されるかと思ったが、無意識で付けていたヴィヴラートを褒めて頂いた。と言っても「ヴィヴラートを付けた方が耳に心地よくて良いね」程度のものだが。
それから、急遽、ヴィヴラートのレッスンに入った。大山さんが8拍吹いて、私が8拍吹く、と言うのを音程を変えながら続けた。かなりゆっくりのテンポだが、6連符で吹くので、ヴィヴラート自体は私が吹いているものよりも早い。テンポもそうだが、ゆれと言うか音程の変動も少し大きい。勿論、大山さんもそれは承知で行っているのだ。フレーズの一部にこの様なヴィヴラートが必要になる、と言うのである。確かに、ビッグバンドの古い曲を聴いていると、所謂、ちりめんヴィヴラートと言っている物が良く出てくる。それを言うと、それ以外でも、フレーズの終わりや、繋ぎの部分で一瞬こういうヴィヴラートを吹く場合があるので、練習をしていて損は無い、と言う事である。
これは、後日談であるが、その次の日に社会人ビッグバンドのリハーサルがあり、たまたま少し古い譜面を練習したのだが、どうもしっくり来ないので、先の話を思い出し、トランペットに少し細かいヴィヴラートを吹くように指示してみた所、かなり良くなった。余り、多用しても鼻に付くが、使う場所によっては、有効なテクニックである。
エチュードに戻り、最初から吹く。大山さんにオブリガードを吹いてもらい、最後まで吹いた。予想に反し、1回でOKが出て、次回は6番を練習する。
その後、少し面白い練習をやった。テンポ100位で16分のスタッカートを1分間続ける。ブレスはどこでやってもよく、何回やっても良い。最初は快調だが30秒を過ぎる辺りから、テンポに乱れが出る。何とか持ち直して1分間吹いたのだが、かなり厳しい。本当は、もう少し速くやれるようにと言う事である。これは、楽器が無くても練習出来るが、それだと、もっと速く出来てしまうので、やはり、楽器を吹くほうが良いだろう。
最後に、パーカーのクール・ブルースのテイク2を使ったレッスンになる。前回から入る予定であったが、前回やらなかったので、今回が初めてだ。今までとは違い、私がやり難い部分を集中的に行う。細かい経過は省くが、結局は、アクセントの位置をどこに付けるか、と言う事と、フレーズを一息で一気に吹く、と言う事である。一息で吹くというのは、ブレスをしないのは勿論だが、途中で力を抜くことなく、一気に吹き上げる、と言う事である。
こうやって書くと、如何にも当たり前の事であるが、それを当たり前に出来ない所に、自分の未熟さがある。どうしても、裏を強調して吹いてしまうが、パーカーの曲を良く聴くと、結構、表にアクセントがある。ビッグバンドで吹くときも、そこら辺に気を付けて吹くようにしようと思う。
細かい点を練習した後、最初から続けて吹く。何度か、一緒に吹いたり、単独で吹き、これも、予想に反して、OKが出た。
話は前後するが、エチュードの最初にでデクレッシェンドが出てくるのだが、デクレッシェンドは息を抜くのではなく、風船をギュッと圧縮しているようなイメージで吹く。そうしないと、直ぐに大きな音に移行出来ない。ちょっと、判り難いが、結局はハーフ・タンギングと同じで、フレーズの途中でアクセルを戻すな、と言う事だ。
レッスンの間隔が空いた上に、練習も満足にしていなかったので、反省点が多いレッスンとなった。でも、いつも、反省だけじゃね。^^;
ロングトーン、スケールと進み、エチュードの5番を吹く。今回から、曲が変わったので、朝から指使い(換え指とかね)をさらったり、アーティキュレーションを確認して来たのだが、付け焼刃では如何ともし難く、1フレーズ吹いた所で、止められた。
注意されるかと思ったが、無意識で付けていたヴィヴラートを褒めて頂いた。と言っても「ヴィヴラートを付けた方が耳に心地よくて良いね」程度のものだが。
それから、急遽、ヴィヴラートのレッスンに入った。大山さんが8拍吹いて、私が8拍吹く、と言うのを音程を変えながら続けた。かなりゆっくりのテンポだが、6連符で吹くので、ヴィヴラート自体は私が吹いているものよりも早い。テンポもそうだが、ゆれと言うか音程の変動も少し大きい。勿論、大山さんもそれは承知で行っているのだ。フレーズの一部にこの様なヴィヴラートが必要になる、と言うのである。確かに、ビッグバンドの古い曲を聴いていると、所謂、ちりめんヴィヴラートと言っている物が良く出てくる。それを言うと、それ以外でも、フレーズの終わりや、繋ぎの部分で一瞬こういうヴィヴラートを吹く場合があるので、練習をしていて損は無い、と言う事である。
これは、後日談であるが、その次の日に社会人ビッグバンドのリハーサルがあり、たまたま少し古い譜面を練習したのだが、どうもしっくり来ないので、先の話を思い出し、トランペットに少し細かいヴィヴラートを吹くように指示してみた所、かなり良くなった。余り、多用しても鼻に付くが、使う場所によっては、有効なテクニックである。
エチュードに戻り、最初から吹く。大山さんにオブリガードを吹いてもらい、最後まで吹いた。予想に反し、1回でOKが出て、次回は6番を練習する。
その後、少し面白い練習をやった。テンポ100位で16分のスタッカートを1分間続ける。ブレスはどこでやってもよく、何回やっても良い。最初は快調だが30秒を過ぎる辺りから、テンポに乱れが出る。何とか持ち直して1分間吹いたのだが、かなり厳しい。本当は、もう少し速くやれるようにと言う事である。これは、楽器が無くても練習出来るが、それだと、もっと速く出来てしまうので、やはり、楽器を吹くほうが良いだろう。
最後に、パーカーのクール・ブルースのテイク2を使ったレッスンになる。前回から入る予定であったが、前回やらなかったので、今回が初めてだ。今までとは違い、私がやり難い部分を集中的に行う。細かい経過は省くが、結局は、アクセントの位置をどこに付けるか、と言う事と、フレーズを一息で一気に吹く、と言う事である。一息で吹くというのは、ブレスをしないのは勿論だが、途中で力を抜くことなく、一気に吹き上げる、と言う事である。
こうやって書くと、如何にも当たり前の事であるが、それを当たり前に出来ない所に、自分の未熟さがある。どうしても、裏を強調して吹いてしまうが、パーカーの曲を良く聴くと、結構、表にアクセントがある。ビッグバンドで吹くときも、そこら辺に気を付けて吹くようにしようと思う。
細かい点を練習した後、最初から続けて吹く。何度か、一緒に吹いたり、単独で吹き、これも、予想に反して、OKが出た。
話は前後するが、エチュードの最初にでデクレッシェンドが出てくるのだが、デクレッシェンドは息を抜くのではなく、風船をギュッと圧縮しているようなイメージで吹く。そうしないと、直ぐに大きな音に移行出来ない。ちょっと、判り難いが、結局はハーフ・タンギングと同じで、フレーズの途中でアクセルを戻すな、と言う事だ。
レッスンの間隔が空いた上に、練習も満足にしていなかったので、反省点が多いレッスンとなった。でも、いつも、反省だけじゃね。^^;
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